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「どうしてこうなった…」
机の上に置いた鏡と向かい合い、自分のやたら整った顔から零れた溜息混じりの呟きは宙に消えた。 この世に生を受けて5年目。でもって明日六歳の誕生日を迎える今、私は覚醒した。 いや、こんな言い方するとおかしいよね。 正しくは『思い出した』だ。 でもね、あのね。一つ言わせて欲しい。 私だってこんな状況思いもよらなかったよ。 だってさ?誰が思う? 生まれ変わったら、前世でプレイしていた乙女ゲームのヒロインになっているなんて。 はぁ…とまた溜息をついて、私はぼんやりと前世の事を思い出す。 前世の私は所謂隠れオタって奴だった。 外では普通に三十路に近い何処にでもいるであろうOLに擬態し、家ではネットサーフィンをおやつに乙女ゲームを主食として生きてきた本もゲームも美味しく頂ける活字中毒者。 二次創作や薄い本も嫌いじゃない。ううん、この言い方は卑怯だね。大好物です。常に美味しく摂取してきました。腐女子って言葉を正しい意味で私に与えられた称号として意識していた。 しかし、前世の私はすこぶる健康体だったし、まぁ脳内はある意味異常者かもしれないけどそれはそれなりに擬態してきた為、世間的にも悪い印象は与えていないはず。 そんな私は何故死んだのか。 これが、怖い話で家に押し入られたストーカーに刺されのだ。 刺された瞬間のあの男の顔は生まれ変わった今でも瞼の裏に焼き付いて忘れられない。さっきまで忘れてたじゃんって突っ込みはなしの方向で。 そして、何よりも気がかりがある。部屋に残った腐の産物、黒歴史を誰かが片したのかと思うと私は新しい今の人生を投げ出したくなるくらい恥ずかしい。羞恥で死ねる。 もう、どっちを後悔していいのやら…。 ……。 いやいや。落ち着け私。 話が盛大にそれている。 前世の私の話は今は置いておくとして、問題なのは前世でプレイしたそこそこ気に入っていた乙女ゲームの世界に生まれ代わっていたって事だ。 こういうのってさ?普通はさ? 悪役令嬢、とか、学校一人気のクラスメート、とかさ? そういうヒロインのライバル的な悪い立ち位置とか一切関係ない脇役とか、所謂ヒロイン以外の立場に生まれ変わってさ?運命なんて変えてやるっ!!とか言って盛り上がっていくのが常套句って奴じゃないの? え?なんでヒロインなの? ヒロインなんかに生まれ変わったら面倒臭い事この上ないじゃん。 だって男がわらわら寄ってくるんだよ? いい?皆落ち着いて考えて? 乙女ゲームにいるような男子が普通にいたら、正直どん引きじゃない? 壁ドン、無理矢理チュー、お姫様抱っこを突然に、だよ?どっかの歌のタイトルみたいだけど、ホントこうだよ? いやいや、あり得ないでしょ。 確かにそう言うのが好きな人はいると思う。 でも私は、前世の記憶が戻った私は、大の『男性恐怖症』である。と言うかならざる負えないよね。 前世の私は自慢じゃないけど結構モテた。世間では美人と言われる部類だったと思う。まぁ腐ってる内側を知らないからなんだろうけども。 小学生の頃は誘拐未遂が数回、誘拐されたのが数回、中学生の時はラブレターや呼び出しで休憩時間は全て消え失せ、高校生の時は帰り道に暗がりに連れ込まれた事数十回。大学に入って少しは何か変わるかと思ったら連れ込まれ回数が増加、電車通学になり毎日痴漢の嵐。流石に社会人になってもそれは嫌だったから電車通いしなくてもいい様に必死に自動車免許を取り車で通勤するようになって危険が減ったと思ったらストーカーの被害にあい、終いには殺されるという…。 これで男性を怖がるなって方が無理じゃない? それに私の前世は父がいない母子家庭だったから尚更、男性のイメージは悪くなる一方だった。そんな私を女で一つで育ててくれたお母さんも私が大学に入った時に亡くなっちゃったから、私は一人で生きてきたんだけど。 こんな目に日常的に遭遇し、名誉挽回の機会もなければ男なんて必要ないと思っても仕方ないと思うの。 でも勘違いしないで欲しい。 男性にも良い人がいるってことは知ってるんだよ? その証拠に遠くで見ている分には何の問題もないもの。 そう、鑑賞している分にはなーんにも問題ないっ! 二次元の世界の男はいいんだよっ! 私を見てる訳じゃないからっ! 三次元でも観賞用なら全然OKっ! 私を見てる訳じゃないからねっ! でも、でもさっ!? ここは乙女ゲームの中で私はヒロインな訳でっ!! って事はさっ!?って言う事はさっ!? 男が問答無用でやってくる訳じゃんっ!?ああぁぁ…。 触られるだけでも、鳥肌ものなのに、あ、あ、あり得ないっ!! 想像するだけでも鳥肌が、あわわわわっ!! 私の人生既に詰んだかもしれない。 「どうしてこうなった…」 本日2度目。溜息を深くしてもう一度呟いた。 正直男なんて私の人生にはもういらない。 なのに私は乙女ゲームのヒロインになってしまった。 私の苦手な男がもれなく付いて回ってくる。例えイケメンであろうと男は男。 近寄ることなど考えられない。 となると、今現在考えられる手段は…『攻略対象キャラと出会わなくする事っ!!』
これしかないっ!!
その目標の為にも今現在のゲーム情報を確認しなくてはっ!! 思い立ったが吉日。 私は、椅子からひょいっと飛び降りると、まだまだ低い身長ではやっと届く位置にあるドアノブを回して部屋を出た。 「えっと…ママは…居間かな?」 キョロキョロと辺りを見渡し、姿がない事を確認すると、そのまま部屋を出て右、廊下の奥へと向かう。因みに、私の部屋の右隣がママの部屋。迎えにお風呂、左へ行った奥が玄関だ。 隣のママの部屋からは仕事をしている音はしなかったから、多分、居間にいるはず。 てててっと早足で、廊下を進み背伸びしてドアノブを回し居間へ入ると、そこにはラグの上に直に座り、机の上にあるノートパソコンと睨めっこしているママの姿があった。 「ママー」 「あら?美鈴(みすず)どうしたの?」 呼びかけると、私に直ぐに気付いたママがにっこりと微笑んだ。 …ママ、目の下の隈さんが活性化してるよ?何徹目なんだろう…。綺麗な金髪もくすんでるし、碧い宝石のような瞳も曇っている。スタイル抜群で美しいママの背中は猫背。うぅ~ん…。 っと、いけないいけない。つい遠い目をしてしまった。ママの隈さんについては後でホットタオルでも作ってあげるとして今は当初の目的を果たさなくては。 「おえかきしてあそびたいから、みすずにノートちょうだい?」 「ノートが欲しいの?」 前世の記憶を取り戻したから、普通に喋れるものの、5歳児が急にシャキシャキ話し始めたら恐怖体験以外の何物でもないから敢えて舌っ足らずで話しかける。 すると、ママは優しく微笑み立ち上がるって居間にあるママ専用の棚からノートを一つ取り出してくれた。 「はい。これでいい?」 渡されたノートを満面の笑みで受け取り、その表紙を見て、私とママの時間は止まった。 『ヤンキー×優等生 ネタ帳』 黒のマジックペンでくっきりはっきりと書かれていた。ど、どうしよう…ママの黒歴史。 そっとばれないように、上目遣いでママの顔を窺うと、あ、…駄目だ。青ざめながら顔を赤くしてる。 ママって確か少女小説作家だったよね? …もしかして、違う方面でも書いてるのかな?それとも二次?うぅん…悩み所だけど、今はそんな事より…。 「ママー?これなんてかいてるのー?」 ママの矜持を立て直すっ! 大丈夫だよ、ママっ!!私は理解がある娘だよっ!! もう少し成長したら一緒に萌えトークしようねっ!!その為にも今は解らなかった事にするよ、ママっ!! 「こ、これはね。美鈴ちゃんがもう少し大人になったら分かる様になるから今は忘れていいのよー」 ママ、頑張ってっ!!遠い目から帰って来てっ!! 優しい笑顔カムバックっ!! 「こ、このノートはダメね。ちょ、ちょっと待ってねっ」 「うんっ」 バタバタと慌ててノートを本棚に突っ込み、妬けになったのか新品の五冊パックされたノートを取り出し、パックをバリバリ剥ぎ取ると、一冊私に向かって差し出した。 「こ、これなら大丈夫。これを使いなさい」 「うんっ。ありがとー、ママ」 両手でノートを受け取り、一緒に鉛筆も受け取った。まだ手が小さいからシャーペンだと使い辛いので有難い。 やっぱりママは優しい。ちょっとママの黒歴史覗いちゃったけど、私には何の問題もない。むしろこんなママが大好き。 それを全力で伝えようと思うっ!! 「ママ、ママっ」 「なぁに?」 「わたしね、ママのこと、だいすきっ」 えへへっ。 照れながらも伝えると、ママは泣きながら全力で私を抱きしめた。 骨がきしむ音がするけどそこはぐっと我慢するよ。理解ある娘だからねっ!! でも流石に骨が砕ける前に「仕事の邪魔にならないように部屋に戻るね」とたどたどしく伝えて戦利品を持って部屋に帰還した。 さて、と。 椅子に座り机の上に置いておいた鏡を手繰り寄せるとノートを広げる。 誰かに見られるようなへまをするつもりは無いけれど、万一見られたら面倒だから態と3ページ目から書き始める。 何を書くかと言うと、乙女ゲーム転生ネタの定番のアレだ。 乙女ゲームのネタ帳だ。 記憶を元に、ここがどんな世界だったのか、攻略対象が何人いたのか。等々必要な記憶をここに書き残すのだ。 いざという時に焦らないように。 えーっと、まずは、このゲームの内容だ。 ここは前世で私がプレイしたゲーム『輝け青春☆エイト学園高等部』(世間では結構評価の低くやる人が限られているマイナーゲームだった)の世界だ。舞台は日本。ただし、前世の私が暮らしていた日本とは少し違う。地毛で私みたいな金髪で水色瞳の日本人がいてたまるか。いやいるかもしれないけど、こんなに光り輝かない。ってか周りを見れば、水色やら赤やら蛍光ピンクやらあり得ない髪色が歩いている。あり得ないよ。だからパラレルワールドと言った方がいいかもしれない。私の前世に生きた日本のようで日本ではないのだ。 その異なる日本にあるエイト学園と言う高校に主人公が入学する時から始まり、プレイヤーである主人公が三年間、己を磨き攻略対象キャラクターとデートやイベントを繰り返し、恋に落ちて卒業式に告白されエンディングを迎えると言う、普通の学園ものの乙女ゲームだ。 だが、このゲーム他の乙女ゲームと違う所がある。それはーーー。【攻略対象キャラが半端なく多い】と言う事。
男性恐怖症の私にこのゲームの世界に、しかもヒロインに転生させるとか、神様どんだけ鬼畜なんだ。
普通の乙女ゲームなら数人のすり寄り回避で済んだはずなのに…。 このゲームの攻略対象キャラクターの人数は多すぎて正直ほとんど覚えてない。 そこまでやりこんでいなかったかな?とも思ったけれど、そんなはずはないと直ぐに否定した。 だって【ゲームをやるからにはフルコンプ】が私のモットーで例え好みじゃないキャラだとしても必ず一度は攻略していたはずなのだ。 要は必ずやり込んでいて、例え面白くないゲームでも記憶に残っているのに、何故か思い出せない。記憶力は良い方なんだけどなぁ。 となると、何か前世の記憶を思い出させるのに邪魔なフィルターがかかっているのかもしれない。 …念の為に攻略対象キャラクターを思い出せる限り書きだしてみよう。 思い出せる記憶の順に、私はペンを走らせた。樹龍也(いつきたつや) 三年生。生徒会長。メインヒーロー。必要パラメータ、文系、理系、運動、雑学、芸術、優しさ、色気を全てMAX状態で攻略可能。メインヒーローにつき、出会いは強制的。入学式の当日に主人公が廊下の曲がり角でぶつかると言うテンプレ的な出会いを迎える。美貌、権力、知力、体力全てを兼ね備えたオールマイティ型キャラ。実際にそんな人物がいたら怖いよねって笑い話が今現実のモノに。兎に角ここは全力回避したい人物。
白鳥葵(しらとりあおい) 三年生。生徒会副会長。必要パラメータ、文系、運動、優しさをMAX状態で攻略可能。白鳥棗(しらとりなつめ)とは双子の兄弟で葵の方が兄。そして、主人公の義理の兄である。ここ重要。赤丸チェック。
白鳥棗(しらとりなつめ) 三年生。生徒会書記。必要パラメータ、理系、運動、雑学をMAX状態で攻略可能。双子の弟。やはり主人公の義理の兄である。はい、ここも重要。赤丸チェック。
白鳥鴇(しらとりとき) 担任教師。必要パラメータ、文系、理系、雑学をMAX状態で攻略可能。双子の兄であり白鳥家長男。そしてやっぱり主人公の義理の兄である。ここもかなり重要、テストに出ます。
猪塚要(いのづかかなめ) 二年生。生徒会役員だったはずだけど、会計だったか文化部長だったか全く思い出せない。ただ、…綺麗な顔で雑な言葉遣いだったのはやたら覚えている。ギャップキャラの最たるキャラじゃなかったかな?
花島優兎(はなじまゆうと) 一年生。必要パラメータ、雑学、優しさ、色気をMAX状態で攻略可能。…だったはず。色気の所が定かじゃない。もしかしたら色気の所だけMAXじゃなくて半分だったのかも…?あ、でも確か主人公の幼馴染だった気もする。
……ピタッ。
私の手が止まった。 「ふふふ…全っ然思い出せないわ~…」 前世の記憶が甦ってもさ、ほら。前世の時ですら思い出せなかった事を今思い出せるわけがないじゃない?…はい、言い訳です。ごめんなさい。 このゲーム確かに全員攻略したはずなんだけどなー…。 攻略対象が多すぎて今書いた六人は多分半数にもいってない…。 やっぱり私の人生詰んだんじゃ…? メインヒーローは覚えてて当然だよね。ゲーム開始で強制イベントで必ず会されるからどのキャラ攻略するにしても見せられるシーンだし印象に強い。 白鳥家の三人は主人公と絶対関わるから記憶から消される事はない。同じ理由で優兎もだ。 猪塚は…多分私が一番好きだったキャラじゃないかなーと思う。だから思い出せた、んだと思う、が、攻略するためのパラメータが思い出せない。 やたら面倒だった気がするんだけど、それも微妙だ。残念過ぎる私の記憶力。何でだ…。 攻略キャラあと何人いたかなー…。 全然思い出せないけど、最低でも12人はいる筈だ。 何故断言できるかと言うと、攻略対象キャラの名前には、干支が含まれているからだ。 ゲーム製作者が分かりやすくするためにそう設定したんだろう。 色んな男が選べるのがこのゲームの売りだし、それは別にいいんだけど…12人でも多すぎない? 果たして本当に回避出来るのかな、これ…。 一抹の不安がよぎった気もするが、気の所為だと思い込む。 き、気を取り直して、思い出せるところは全てノートに書きだした。 これから記憶を取り戻す度にこのノートを更新していくとして。 次は自分の情報だ。一応これは書き留めずに脳内整理として、考えてみる。 まず、私の名前は美鈴。佐藤美鈴(さとうみすず)だ。これが今の人生の名前。前世は西園寺華(さいおんじはな)で、正直前世の方がよっぽど乙女ゲームヒロインっぽい名前である。 まぁ、それはいいや。 顔も髪色も瞳の色も全部母親似で瓜二つと言われている。ただ金髪ストレートのママと違って私の髪はふわふわのウェーブがかかってる。ここはどうやらパパに似たみたい。 パパは私が赤ちゃんの時に亡くなっていて、ママは女手一つで私を育ててくれている。 ママは少女小説作家で売れっ子。お蔭で生きて行く上で困ってはいない。…さっきの黒歴史の方が実は稼げているんではないか?って思わなくもないけれど、あえてそれには触れない。…ママのあの黒歴史。パパは知ってたのかな…? …っと、いけないいけない。触れないと誓ったばかりよ、私。 えっとなんだっけ。 あ、そうそう。自分の事の確認だよね。 ゲームでは祖父母の存在は描かれていなかったけど、ママの方の祖父母はもう既に亡くなっていて、パパの方にはママと私を溺愛する祖父母がいる。 毎年、夏休みと冬休みには里帰りしている。田舎だけどのんびりしていい所だよ、うん。 本当に良い所で、むしろあっちで暮らしたい。 変な男もいないし、イケメンとか面倒なのもいないし、あるのは畑と田んぼとお爺ちゃんお婆ちゃんだけ。若い人がいない訳じゃないけど、ママの顔見知りが主だし。男性も大抵既婚者だし。なんてパラダイス。 でも、ママの仕事上電波の欠片もない所では暮らせないんだそうだ。 うぅ…お祖母ちゃんの作ったおはぎ食べたいなぁ…。 なんてお祖母ちゃんのおはぎの味が恋しくなった辺りで、私の身の上の確認は終わった気がする。 次は、これからの事を考えよう。 このゲームに出てくる中で真っ先に私と接触してくるのは幼馴染である【優兎】だろう。 確か私の通う小学校に転校してくるはずだ。 あれ?って事は私が学区内の学校へ行かなければ、優兎と出会う事はなくなる…? そうだよっ、私が本来行く筈の学校に進学さえしなければ、シナリオが変わるよねっ!? 小学校は共学しかないけど、中学になれば近所って言うか同じ地区の山の中に一つ女子校がある。そこにいけばイケメンに会わずに済み、アルバイトをしつつママを養いながら隠れ蓑生活が出来るじゃないっ!! 確か白鳥家の父親にママが一目惚れされるのは、主人公が中学一年の時だから、出会いがなくなるママには悪いけど上手くいけばこっちもまたシナリオ回避が出来るかもしれない。 進む道が見えてきた気がした。 何としてでもイケメンとの出会いを回避し、ママと二人田舎暮らしもしくは隠れ蓑生活を手に入れる為。 私はイケメン回避作戦に打って出る事にした。 頑張れ私っ!! しっかりとノートを胸に抱きしめ、私は勢いよく立ち上がった。『…以上です。他のご質問は…では、そちらの…』 記者会見が始まり、ホテルの会場は沢山の報道陣で埋め尽くされている。 白鳥家と言えばかなり大きい上にFIコンツェルンも吸収合併となれば仕方ないかもしれない。 私は誠さんと二人、良子お義母様が座る舞台の直ぐ側に控えていた。 「先に子供達を部屋に返しておいて正解だったね」 誠さんが苦笑して私に向かって言う。 それに何故か私は素直に頷けなかった。どうしてだろう。 私は今美鈴から離れてはいけなかったのではないか、と。 ずっと胸の中がモヤモヤとしている。心のどこかがざわざわとして、ずっと全身がピリピリとした緊張感を持っていた。 (どうして、こんなに…。…美鈴に何かがあると言うの?だとしたら、乙女ゲームに関連している筈…。でも、こんな白鳥家に関わるようなイベントは…。いえ。ちょっと待って。『白鳥家』に関わるイベントはない。だけど、もし『白鳥家』関連のイベントではなかったとしたら…?) 記憶を巡る。そして私は一つのイベントに辿り着いた。 メインヒーローである樹龍也のイベントだっ! ホテルでの強制イベント。爆弾テロイベントだっ!! 「しまった…」 さーっと血の気が引く。 「佳織…?」 そんな私を心配して誠さんがぐっと肩を抱き寄せてくれるが、今はそれ所ではない。 「美鈴っ!!」 誠さんを跳ね除けて出入り口の方へ駆けだす。 あのイベントは確か、皆睡眠薬を嗅がされて、尚且つ体を麻痺させられてととんでもないイベントだった。 いつかこのイベントは起きるだろうと覚悟はしていた。 (していたわ。けど、まさか今とは思わないじゃないっ!) せめて、小学高学年に発生するなら、美鈴だってもっとちゃんと対処できる体格に育っていたはずなのに、まだ園児と変わらない様な体格じゃ、そんなの無理に決まってるっ!! 沢山いる記者の脇を抜けて私が豪華なドアへと手をかけた瞬間。―――ドサッ。誰かが倒れる音がした。 慌てて背後を見ると、そこには倒れた記者の姿。―――ドサッ。ドサドサッ。一人、二人と次々と倒れて行く。 まさか、全ての記者を眠らせる為に睡眠薬を撒いていると言うのっ!? ドアノブへ手をかけてグッと引っ張ってみる。 ガチャガチャと音だけをならして開く気配がない。鍵っ!? 辺りに視線を巡らせる。倒れた人間は
俺は全力で走っていた。 エレベーターが動く内に出来る限り進まねばならない。 真っ先に最上階の23階に行ってしまう事にする。 まさか自分がこんな風に爆弾解除をしてまわるなんて思っても見なかった。 だが…。 (こんな非常事態なのに、わくわくする…) これも全部白鳥妹が俺の想像外の事をしでかすからだろう。 パーティでいきなりピアノの難曲を弾きこなした事といい、あっさりと爆弾を解除して、場所を導き出した事といい。 美鈴に関わっていると、飽きる事がない。楽しい。 最上階に辿り着いて急いで美鈴が言っていた2317号室へ走る。ドアを開ける為にカードキーを通してドアを開けると倒れている白鳥兄がいる。 そいつはどうやら意識はしっかりあるらしい。美鈴仕込みの荒業、解毒剤を口に突っ込み、爆弾の在処を探す。 何処にあるっ!? ありそうな場所を手当たり次第探して、何とか発見し、12と入力して、青のコードを鋏で切る。 これでいいんだな。 そのまま白鳥兄に近寄ると、そいつは問題なさげにいとも簡単に立ち上がり、舌打ちした。 「おい。樹財閥の跡取りだな、お前。葵のダチの」 「そうだ」 今美鈴に関してのあれこれで若干不仲になりつつあるが、間違いではないので頷く。 「これは、美鈴の指示だな?」 「あ、あぁ」 驚いた。兄がこんな風に言うって事は、それだけ美鈴の能力を知っており、美鈴の実年齢を疑いたくなる程賢いって事を証明している訳で。 「次は葵と棗を助けに行くってとこか?」 「そうだ」 「なら、こいつが使い時だな」 そう言って胸ポケットからカードキーが二枚取り出される。 「変な奴らが襲ってきて応戦してたら落としてったんでな。咄嗟に拾ったら麻痺する薬使って来やがった」 「成程」 「美鈴は二人の居場所が何処だと言っていた?」 「21階の食材倉庫、そして18階の1801号室らしい」 「そうか。なら俺が18階に行く。お前は21階へ行け」 「分かった。ならアンタにこれを渡しておく。解毒剤だ」 「あぁ、俺がさっき飲まされた奴だな」 「そうだ。それから部屋には必ず爆弾がある。箱の鍵は12、あと青いコードを切ればいいそうだ」 「了解だ」 ざっと説明して俺達は部屋の外で別れた。今度はエレベーターより階段の方が速い。 階段を駆け下りて21階の食材倉庫へと
「で?どこのどいつだ?美鈴ちゃんの髪を、私の天使の髪をこんなにしたのは?」 怒れる七海お姉ちゃんの前で私は苦笑していた。 昨日、髪の毛をあいつに捕まれて逃げる為に髪を切ったものの、あんまりにザンバラ髪になってしまったので、どうしようか考えてた所、透馬お兄ちゃんとすれ違った。 そして私の髪を見て物凄いショックを受けたらしく、その場に崩れ落ちた。そのままお家へ棗お兄ちゃんごと連行されて、軽く直してくれたんだけど。 それでも納得いかないらしく、手直しするから明日も来てくれと言われたので、今日もまた学校帰りにこうしてお家に寄らせて貰ったのである。 透馬お兄ちゃんの部屋の中に新聞紙とビニールが敷かれていて、その上に椅子が一つ。座る様に促されてそこへ座ると首の周りにビニールが巻かれた。間にタオルが挟まってる所が手慣れてる感を感じる。 七海お姉ちゃんが補佐としてついてくれるらしく、二人の共同作業が開始された。 で、ザンバラな私の髪を整えていたら怒りが復活したようで、最初のセリフに戻る訳だ。 「全くだ。おい、七海。ここの右側、どう思う?」 「もう少し、短い方が可愛いと思うっ!…折角髪が伸びてほわほわの天使ちゃんだったのに…」 「大地ん所なんて家族全員が報復しに行こうと頑張ってたぞ」 「嵯峨子のお姉達だって拳鳴らしてたよ」 話ながらも的確に髪を切り揃えてくれる。透馬お兄ちゃんて本当に器用だよね~。因みに今部屋にいるのは私達三人だけ。学校まで七海お姉ちゃんが迎えに来てくれたから、お兄ちゃん達はしっかりと部活に出てる。 「美鈴ちゃん。本当に誰なの?こんなことしたの」 「だから、自分で切ったんですって」 「それは疑ってねぇよ。ただな、姫。俺としては姫がどうして切らなきゃならなくなったのかを知りたいんだよな~?」 うぅ…鋭い。ここは一つ。明るく話して流そうではないかっ! 「えっとねっ、無理矢理キスされて、身の危険を感じたので掴まれた髪を切って逃げたのっ。えへへっ」―――ピシッ。んん?二人の動きが止まったぞ。あれ?極力明るく子供らしく言ってみたんだけど、駄目?失敗? 「透馬。ちょっと、あれ貸してよ。この前お遊びで作ったって言うメリケンサック」 「待て待て、七海。直ぐ改良してやっからもう少しだけ時間寄越せ」 うふふ、あははって二人共怖い怖いっ!!
ムカムカムカ…。 脳内と腹の奥底から苛立ちが支配して僕はその苛立ちのまま家の玄関のドアを開けた。 「…………ただいまっ」 「お帰りなさいませ。坊ちゃま」 出迎えてくれたのは金山さん。佳織母さんはこの時間帯だと部屋で仕事、父さんも勿論仕事で、お祖母さんはきっと美智恵さんとまた二人で仲良くお茶でもしてるんだろう。 「どうかされましたか?随分お怒りのご様子ですが…」 「……何でもないです。それより、優兎は帰ってますか?」 「はい。お帰りになられてますよ。今は部屋でお勉強をなさってますが」 「そうですか。…美鈴と棗も一緒に?」 いつも四人で勉強するし、二人は先に帰したから当然もう帰ってるものだと思ってそう聞き返したら、否が帰って来た。 驚いて聞き返す。 「まだ帰ってないのっ!?」 「はい。…っと今帰られたようですよ」 「今って…えっ!?」 慌てて玄関のドアを開けると。 「わっ!?」 「ちょ、葵っ、危ないよっ。鈴に当たったらどうするの」 二人が突然開いたドアに驚きながらもただいまと中に入って来た。 「葵お兄ちゃんも今帰ってきたのー?」 「うん。そうだけど…」 何で今帰って来たのかと視線だけで棗に訴える。すると棗は苦笑して答えを教えてくれた。 「途中で透馬さんと会ってね。鈴の髪を見て崩れ落ちちゃって。せめて見れるようにって直してくれたんだ」 「あぁ、成程」 そうだ。そう言えば龍也に髪を切られたんだっけ。 驚きでおさまった筈の怒りが復活し、目が吊り上がる。 「葵。後で詳しく教えて」 「……分かった」 僕の怒りが棗に伝染し、棗までも目が吊り上がった。 「ねぇ、葵お兄ちゃん」 くいくいと制服の裾を引っ張られ、鈴ちゃんの方を向く。ビクッと怯えた鈴ちゃんに僕は慌てて笑みを浮かべて雰囲気を和らげる努力をした。 鈴ちゃんを怖がらせたい訳じゃないから。 微笑んで、 「どうしたの?鈴ちゃん」 と努めて優しく言うと鈴ちゃんは微笑みを返してくれた。 「あの、ね?…その……髪、短くなった、けど…似合う?」 言いながら顔がどんどん赤くなっていく。可愛いっ! 似合うかどうかだって?そんなのっ。 「似合うよっ!鈴ちゃんはどんな髪型だって似合うに決まってるじゃないかっ!」 「で、でもね?棗お兄ちゃんも、葵お兄ちゃんも長い方が好きみた
「後は任せたよ、棗」 「分かってる。……樹、腹くくっておけよ。葵を怒らせたんだからな」 棗の腕の中には俺が求めてやまない女がいる。 それを見送り俺は真正面の怒れる男と向き合った。 原因は分かってる。この手に握られた美鈴の髪と美鈴のあの姿だろう。そしてその状況を作りだしたのは俺だ。 だから、この怒りは真っ当なものだ。 棗の言う通り腹を括る必要はあるだろう。 「何か、言い訳はある?」 「……いや、ない」 「そう。なら―――」―――ガンッ!!葵の拳が頬に当たり、脳内がぐらぐらと揺さぶられた。 吹っ飛ばずに踏ん張った自分を褒めてやりたいくらいだ。 「僕は言ったはずだよね?一切近寄るなって」 「あぁ」 「そして君も納得したはずだね?」 「あぁ」 「なら、どうして、君は美鈴の髪を持って僕に殴られてるのかな?」 ぐっと言葉に詰まった。 あいつにキスをしたのは、完全な衝動だった。―――可愛いと思ったんだ。震える姿が。嫌だと叫ぶその姿が。 「………すまない」 自分が悪い事は解ってる。葵から美鈴が男が苦手だから、近寄るなと言われていた。でも、一度知ってしまったら、無理だ。俺はあいつが知りたくて仕方なくなった。 「すまないって何に対して謝ってるの?…龍也。僕の大事な妹に謝るような事をしたんだ?何をした?」 声が氷点下越えしている。口調も普段の柔らかさが消え失せていた。 「…追いかけて、キスをした」 「………もう一度、言ってくれる?」 流石にもう一度言う勇気はなかった。口を噤むと、はぁと大きなため息が聞こえ、もう一発頬に衝撃が与えられた。 口の中を切ったのか、鉄の味がする。 「美鈴を龍也が気にいる予感はしていたんだ。僕達の妹って事で君の中にあるハードルがかなり低くなってるだろうし、何より君の好みど真ん中だから」 ど真ん中…。間違いではないが…。 何とも言い難い顔をしてるんだろう。俺を殴った事で少し怒りを収めた葵が俺の顔を呆れ顔でみていた。 「間違ってないでしょ?賢くて可愛くて龍也の内面を見てくれて、心の強い女の子。違う?」 違わない。葵の言葉を一々否定できなくて、俯く。 すると、胸倉を掴まれて、思い切り睨まれた。 「君は美鈴を苦しめた。君に俯いて黙秘する
風邪を引きました。えぇ、それはもうがっつりと。そりゃそうだよね。お風呂上りに雨の中走り回ってたらそりゃ引くよね。 子供の抵抗力のなさを忘れてました。 皆に物凄い心配をかけたらしく、完治した初日に正座でお説教を喰らいました。 特に双子のお兄ちゃん達が般若でした。滅茶苦茶怖かったよーっ!! こんこんとお説教されて、鴇お兄ちゃんと誠パパにも無茶はするなと怒られて、優兎くんが助け舟を出してくれなかったら、また学校を休む所でした。 にしても、高熱に魘されてたらしいんだけど、私、実はその時の記憶がないんだよね。 魘されて何か言ってたらしいけど、それをママに聞いたら泣きそうな顔で『ごめんね』って謝られた。なんでだろう?はて? ま、それはさておき。久しぶりの学校ですよー。 で学校に来たらきたで、華菜ちゃんの説教にあう。何故だ…。 私がお説教される度に隣で優兎くんが辛そうな顔をするのが、私的に結構くるというか…罪悪感が…。ごめんね、優兎くん。 口に出して謝るのも何か違う気がするから、心の中で全力で土下座しておくね。 「そう言えば、来月クリスマスだねー」 突発的に始まる華菜ちゃんの会話。 それにもう慣れっこな私と優兎くんは頷く。 「二人はサンタさんに何頼むか決めた?」 「う、う~ん…」 「サンタさん、か~…」 私と優兎くんは二人で首を捻った。 いや、だってさ~…。私もうサンタさん卒業して何年ってレベルだからさ~。 それにママ達のお財布事情知っちゃってるとねー…。って言うか、家計簿つけてるの私だしなぁ。 あぁ、でも、調査は必要かな?葵お兄ちゃんと棗お兄ちゃんが欲しがってるのは何か聞いとかないと。あと、旭に何か買ってあげないとな。 「…むむっ。二人共、さてはサンタさんにお願いしないタイプねっ?」 「えっ!?いや、それは、そのー…そ、そうだっ。私、毛糸にするっ!」 咄嗟に口に出したわりには良いプレゼントだと思う。 だって、編んでお兄ちゃん達にあげられるし。編み物することで私も楽しめる。 「毛糸~?美鈴ちゃん、それ何に使うの?」 「勿論編んでマフラー作ったりセーター作ったりするんだよ」 胸を張りつつ答えてみたけど。…って言うかさ? 自分で毛糸買って、皆にクリスマスプレゼントあげるってどうよ? フェイクファーの毛糸を指編みとかでざっくり







